カタールの定番マドローバのレシピ
アラビア半島・カタールのラマダン(断食月)に欠かせない、鶏肉と穀物をスパイスとともに煮込み、木べらで力強く叩いて(マドローバ)ペースト状に仕上げる伝統的なお粥。中東の豊かなスパイスの香りと、とろけるような優しい口当たりが魅力の本格レシピをご紹介します。
材料
- 骨付き鶏もも肉 500g
- 米(またはオートミールか押し麦) 1合(約150g)
- 玉ねぎ 1個
- トマト 2個
- ニンニク 2片
- 生姜 1片
- トマトペースト 大さじ2
- ギー(なければ無塩バター) 大さじ2
- 水 1リットル
- 塩 小さじ1.5
- 【スパイス類】
- カルダモンパウダー 小さじ1/2
- クミンパウダー 小さじ1
- コリアンダーパウダー 小さじ1
- ターメリック 小さじ1/2
- シナモンパウダー 小さじ1/2
- ドライライム(ルミ・なければレモンの皮のすりおろし1/2個分と果汁大さじ1) 1個
- 【トッピング】
- ギー(または溶かしバター) 適量
- フライドオニオン 適量
- フレッシュコリアンダー(パクチー) 適量
ペルシャ湾に突き出た小さな半島に位置し、近代的な高層ビル群と伝統的なスーク(市場)が共存する魅惑の国、カタール。世界有数の経済力を持つこの国には、古くから砂漠の民が受け継いできた素朴で温かい郷土料理が存在します。その代表格が、カタールをはじめとする湾岸諸国(ハリージ)で深く愛されている「マドローバ(Madrouba)」です。アラビア語で「叩かれたもの」を意味するこの料理は、鶏肉(または羊肉や魚)と米、あるいはオーツ麦などの穀物を、たっぷりの香味野菜やスパイスと一緒に原形をとどめなくなるまでじっくりと煮込み、最後に木べらを使って力強く「叩いて」ペースト状にするという非常にユニークな製法で作られます。見た目はもったりとした濃厚なお粥やマッシュポテトのようですが、一口食べれば、カルダモンやシナモン、そして中東特有の乾燥ライムの複雑な香りが広がり、鶏肉の深い旨味と穀物の甘みが胃袋に優しく染み渡ります。イスラム教の神聖な断食月であるラマダンの食卓には絶対に欠かせない、カタール人のソウルフードの本格レシピを紐解いていきましょう。
マドローバの作り方
◎香味野菜とスパイスのベースを作る
鍋に中東の澄ましバターである「ギー(なければ無塩バターで代用)」を熱し、みじん切りにした玉ねぎをきつね色になるまでじっくりと炒めます。甘みが出たら、すりおろしたニンニクと生姜を加えて香りを立たせ、さらにトマトペーストと各種スパイス(クミン、コリアンダー、ターメリック、シナモン、カルダモンなど)を加えます。スパイスを油で軽く炒めることで、香りの成分が油に溶け出し、奥深い風味のベースが完成します。
◎鶏肉とトマトを加えて煮込む
鍋に骨付きの鶏肉(骨から良い出汁が出ます)と角切りにしたフレッシュトマトを加えます。肉の表面にスパイスが絡み、焼き色がつくまで炒めたら、水と塩、そして中東料理の要である「ドライライム(ルミ)」を加えます。蓋をして弱火で40分ほど、鶏肉が骨からほろりと崩れるほど柔らかくなるまでじっくりと煮込みます。煮込み終わったら鶏肉を一度取り出し、骨と皮を取り除いて身を細かくほぐし、再び鍋に戻します。
◎穀物を加えてさらに煮込む
身をほぐした鶏肉のスープの中に、洗って浸水させておいた米(またはオートミールや砕いた小麦)を加えます。ここからは焦げ付きやすくなるため、時々木べらで鍋底をこするように混ぜながら、弱火でさらに30〜40分ほど煮込みます。米が完全にスープを吸い込み、形が崩れてトロトロの状態になるまで火を通すのがポイントです。
◎ひたすら叩いて(マドローバ)潰す
米が完全に柔らかくなり、水分が減ってもったりとしてきたら、この料理のハイライトである「叩く(マドローバ)」工程に入ります。火を極弱火にするか一度火から下ろし、頑丈な木べら(現地ではミドラブと呼ばれる専用の木の棒を使用します)を使って、鍋肌に中身を押し付けるようにしながら、鶏肉の繊維と米粒を完全にすり潰していきます。全体が均一で滑らかなペースト状になるまで、根気よく力強く叩き練り上げます。
◎仕上げと盛り付け

盛り付けたマドローバ
つきたてのお餅のようにとろりとした滑らかな状態になれば完成です。温かいうちに平らな大皿、または深めの器にたっぷりと盛り付けます。中央にくぼみを作り、そこに熱く溶かしたギーをたっぷりと回しかけ、フライドオニオンと刻んだフレッシュコリアンダーを散らして、熱々のうちに取り分けていただきます。
料理の歴史と背景
マドローバのルーツは、厳しい砂漠環境を生き抜いてきたベドウィン(遊牧民)の食文化にあります。冷蔵技術がなかった時代、肉は貴重なタンパク源であり、それを長持ちさせるために乾燥させたり、少量の肉から最大限の旨味を引き出して大人数で分け合ったりする工夫が必要でした。穀物と一緒にドロドロになるまで煮込み、すり潰してカサを増すマドローバの調理法は、限られた食材を無駄なく、かつ消化に良い形で摂取するための砂漠の民の合理的な知恵から生まれたものです。元々は「ハリース(Harees)」という、小麦と肉を塩だけで煮込んで叩くシンプルな料理が原型ですが、カタールが海洋交易の拠点として栄えるにつれて、インド洋を渡ってきた「ダウ船」がもたらす香り高いスパイスやトマトが加わり、現在のより風味豊かで色鮮やかな「マドローバ」へと進化を遂げました。かつて真珠採りの潜水夫たちが冷えた体を温めるために船の上で食べていた素朴な味は、天然ガスによる莫大な富を得て超近代国家となった現在のカタールにおいても、祖先の記憶を呼び覚ます誇り高き伝統料理として愛され続けています。
砂漠の魔法の黒い宝石「ドライライム(ルミ)」
カタールのマドローバの味わいを決定づけているのが、「ルミ(Loomi)」または「ブラックライム」と呼ばれる中東特有のスパイスです。これは、小さなライムを塩水で茹でた後、砂漠の強烈な太陽の下で数週間天日干しにし、カチカチの真っ黒な状態にしたものです。発酵と乾燥を繰り返すことで、単なる酸味だけでなく、スモーキーな香りと大地を思わせる深いコク、そしてほんのりとした苦味が凝縮されています。料理に加える際は、丸ごとのルミにフォークで数カ所穴を開けて煮汁に放り込むか、細かく砕いてパウダー状にして使用します。鶏肉の濃厚な脂やスパイスの重厚感の中で、このルミが放つ爽やかな酸味が全体の味をキュッと引き締め、いくらでも食べ進められる魔法のような後味を生み出すのです。日本でルミを入手するのは少し難しいため、国産のレモンの皮のすりおろしと果汁を多めに加えることで、あの爽やかで少しビターな中東の風を鍋の中に再現することができます。
ラマダンの夜を優しく包み込む「イフタール」の食卓
カタールをはじめとするイスラム圏において、マドローバが最も頻繁に食卓に上るのは、約1ヶ月間に及ぶ「ラマダン(断食月)」の期間です。日の出から日没まで一切の飲食を絶つ厳しい断食明けの最初の食事「イフタール(Iftar)」において、空っぽになった胃袋にいきなり固形物や油っこいものを入れるのは負担が大きすぎます。そこで、スパイスの香りで食欲を刺激しつつも、長時間煮込まれて完全にペースト状になり、消化吸収が極めて良くなったマドローバが、胃腸を労わる最高のご馳走として振る舞われるのです。日没を知らせるアザーン(礼拝の呼びかけ)が街に響き渡ると、家族や親戚が大きな円卓を囲み、大皿に盛られた熱々のマドローバから、溶けたギーと一緒にスプーンですくって口に運びます。空腹の体に染み渡る鶏肉の出汁とスパイスの温かさは、断食の苦労を癒やし、神への感謝と家族の絆を再確認させてくれます。遠く離れた日本の食卓でも、風邪を引いた時や胃腸が疲れている日の心温まるメニューとして、この中東のスパイス粥を作ってみてはいかがでしょうか。
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