アンドラの定番トリンシャットのレシピ
霜にあたって甘みが増した冬キャベツとじゃがいもを茹でて潰し、ベーコンの脂でカリッと焼き上げる、ピレネー山脈の山岳小国アンドラとカタルーニャ地方の伝統的な冬の農民料理。素材の甘みと塩気の対比が生むシンプルにして深い美味しさを、歴史とともに紹介します。
材料
- サボイキャベツ(またはちぢみキャベツ・冬キャベツ) 半玉(600g)
- じゃがいも(メークインまたは男爵) 4個
- 厚切りベーコン(またはパンチェッタ・塩豚) 150g
- ニンニク 1片
- 塩 小さじ1と大さじ1(茹で用)
- 黒こしょう 小さじ1/2
- オリーブオイル 適量(仕上げ用)
- 卵 4個(目玉焼き用・お好みで)
- 赤ワインまたはカバ 適量(食事に合わせて)
トリンシャット(Trinxat)はアンドラ公国を代表する伝統料理で、カタルーニャ語で「刻まれた・押しつぶされた」を意味するその名が示すとおり、ピレネー山脈の冬の寒さと霜にあたることで糖分が増して甘みが凝縮されたサボイキャベツまたは冬キャベツとじゃがいもを塩水でやわらかくなるまで茹でてから一緒に粗くつぶし、厚切りベーコンの脂でフライパンに押しつけてカリカリの焼き色をつけたパンケーキ状に仕上げる、アンドラ全土とスペイン・カタルーニャ地方のピレネー山岳地域の冬の食卓に欠かせない素朴にして滋味深い郷土料理です。トリンシャット最大の個性はキャベツの甘みとじゃがいものほくほくとした食感が溶け合ったベースに、カリカリに炒めたベーコンの塩気とスモーキーな香りが重なることで生まれる甘みと塩気のシンプルな対比にあり、山の農民が手に入る食材だけで作り上げたこの料理の完成度は素材の力を最大限に引き出すピレネーの食の智慧を体現しています。トリンシャットの決め手はキャベツをしっかりと霜にあてる(または冷凍庫で代用する)か旬の冬キャベツを選ぶことでキャベツ本来の甘みを最大限に引き出すことと、茹でたキャベツとじゃがいもを完全に潰すのではなく粗く潰して食感を残すことでフライパンで焼いたときに表面だけがカリッと仕上がることであり、この二つが揃って初めてアンドラの山小屋やカタルーニャのピレネー地方の食堂で食べるトリンシャットの素朴で力強い美味しさに近づきます。アンドラではトリンシャットは10月から3月にかけての冬の定番料理として、スキーシーズンにピレネーを訪れる旅行者とともに山岳地帯の家庭と山小屋レストランの食卓を温め続けており、ピレネーの厳しい冬の自然が育てた食材と長年にわたって積み重ねられた農民の知恵が結晶した料理として、アンドラの食文化のアイデンティティを象徴する存在となっています。
トリンシャットの作り方
◎キャベツとじゃがいもを下処理する
サボイキャベツ(またはちぢみキャベツ・冬キャベツ)半玉(600g)の外葉を除いて芯を取り除き、大きめにざく切りにする。じゃがいも(メークインまたは男爵)4個の皮を剥いて四つ割りにする。大きめの鍋にたっぷりの水と塩大さじ1を入れてじゃがいもを先に加えて強火にかけ、沸騰したらキャベツを加えて中火で20〜25分、どちらも箸がすっと通るほどやわらかくなるまで茹でる。(冬キャベツは霜にあたることで細胞内のでんぷんが糖に変換されて甘みが増す。日本では冬場(11〜2月)のキャベツが最もトリンシャットに適している。霜にあたったキャベツを再現するために茹でる前日にキャベツをビニール袋に入れて冷凍庫で3〜4時間冷やしてから解凍して使うと甘みが引き出されやすい。サボイキャベツは葉がちぢれて柔らかく甘みが強いためトリンシャットに最適だが、普通のキャベツでも美味しく作れる)
◎茹でた野菜を粗くつぶす
茹で上がったキャベツとじゃがいもをザルに上げて水気をよく切り、大きめのボウルに移す。フォークまたはポテトマッシャーで全体を粗くつぶす。完全になめらかにするのではなく、キャベツの繊維とじゃがいものごろごろとした食感が残る程度に留める。塩小さじ1・黒こしょう小さじ1/2・ニンニク1片(すりおろし)を加えてよく混ぜ合わせる。(粗くつぶすことがトリンシャットの食感の鍵。完全にマッシュポテト状にしてしまうと焼いたときに表面のカリカリ感が出にくくなる。キャベツの繊維が程よく残っていることでフライパンで焼いたときに香ばしい焼き色がつく。ニンニクは好みで加減してよいが、ひとかけを加えることで風味が締まる。茹で汁は少量取っておき、混ぜたときに硬すぎる場合は少量加えて調整する)
◎ベーコンを炒めて脂を出す
厚切りベーコン(またはパンチェッタ・塩豚)150gを1cm幅の細切りにする。大きめのフライパンを中火にかけ、ベーコンを脂が充分に出てカリカリになるまで5〜7分炒める。炒めたベーコンを取り出して取っておき、フライパンにベーコンの脂をそのまま残す。(ベーコンの脂がトリンシャットをカリッと焼き上げるための最重要の油脂。バターやオリーブオイルで代用できるが、ベーコンのスモーキーな脂がトリンシャットの風味の核心を作るため、できればベーコンを使うこと。脂が足りない場合はオリーブオイルを大さじ1〜2足してよい。炒めたベーコンは最後の仕上げに使うため捨てないこと)
◎フライパンでカリッと焼き上げる
ベーコンの脂が残ったフライパンを中火で熱し、つぶしたキャベツとじゃがいもの混合物をフライパン全体に均一に広げて厚さ2〜3cmのパンケーキ状に整える。スパチュラで強く押しつけながら動かさずに5〜7分、底面がしっかりとこんがりきつね色になるまで焼く。大きな皿またはフライパンの蓋を使って素早くひっくり返し、反対面もさらに4〜5分同様に焼く。(「動かさずに押しつけながら焼く」ことがカリッとした表面を作る鍵。頻繁にかき混ぜると焼き色がつかない。ひっくり返すときは一気に素早く行うこと。崩れた場合はスパチュラで形を整え直せばよい。フライパンの大きさによって一度に焼けない場合は二回に分けて焼くか、小さなパンケーキ状に分けて焼いても美味しく仕上がる)
◎盛り付け

盛り付けたトリンシャット
皿に焼き上がったトリンシャットを盛り、炒めておいたベーコンを全体に散らす。オリーブオイルを細くたらして仕上げる。半熟目玉焼きをのせるのがアンドラとカタルーニャの定番スタイルで、崩した卵黄がトリンシャットに絡まることでよりコクが増す。赤ワインまたはカタルーニャのカバ(スパークリングワイン)を合わせるのが伝統的なスタイル。(トリンシャットは作りたての熱々が最もカリカリで美味しい。冷めると少し柔らかくなるが、フライパンで再加熱するとカリカリ感が戻る。シンプルな料理なだけに素材の質が仕上がりに直結するため、できれば旬の冬キャベツと良質なベーコンを使うことが最も重要)
料理の歴史と背景
トリンシャットの起源はピレネー山脈に古くから暮らしてきた山岳農民の食文化に遡ります。アンドラ公国はフランスとスペインのカタルーニャ地方に挟まれたピレネー山脈の中に位置する面積468平方キロメートルの小さな国で、標高1000〜2900mの山岳地帯に農牧業を営む人々が長年にわたって生活してきました。厳しい冬の寒さと孤立した山の環境の中で保存が利く食材として重宝されたじゃがいもとキャベツは、ピレネー山岳農民の冬の食事の中心的な存在であり、これらを茹でて潰してベーコンの脂で焼くというトリンシャットの基本構造は山の農民が最小限の材料で最大限の満腹感と栄養を得るための合理的な知恵から生まれたとされています。カタルーニャ語の「trinxar(切る・潰す)」を語源とするこの料理名は、カタルーニャ文化圏がピレネー山岳地帯を通じてアンドラと歴史的・言語的・文化的に深く結びついていることを示しており、現在もアンドラの公用語がカタルーニャ語であることがこの文化的な連続性を物語っています。トリンシャットが文献に登場するのは19世紀末から20世紀初頭のカタルーニャの料理書が最初とされていますが、料理そのものははるかに古い農民料理の伝統に基づいていると考えられています。
現代のアンドラにおいてトリンシャットはアンドラ・ラ・ベリャをはじめ全国のレストラン・山小屋・家庭の食卓で冬の定番料理として供されており、スキーリゾートとしてヨーロッパ中から年間800万人以上の観光客が訪れるアンドラにおいて、トリンシャットはアンドラ料理を体験したい旅行者が最も注文する料理のひとつとなっています。アンドラの人口はわずか約8万人であるにもかかわらず年間来訪者数が人口の100倍近くに達するという世界有数の観光集中国であることが、アンドラの伝統料理が比較的早い段階から国際的に知られるようになった背景にあります。スペイン・カタルーニャ地方でもトリンシャットはピレネー山岳地帯(セルダーニャ地方・リポリェス地方)の郷土料理として強く根付いており、カタルーニャの冬の食文化を代表する料理としてバルセロナのカタルーニャ料理レストランでも提供されています。近年はノーズ・トゥー・テイル(食材を無駄なく使う)思想や農民料理(cucina povera)の再評価の流れの中で、最小限の食材から最大限の美味しさを引き出すトリンシャットのような料理が欧米の食専門メディアから高い評価を受けるようになっており、サステナブルフードの文脈でも注目を集めています。日本ではアンドラという国自体の認知度がまだ低いものの、冬キャベツとじゃがいもとベーコンという親しみやすい食材の組み合わせと、霜にあてることで甘みが増すというキャベツの科学的な調理法の発見がSNSや料理メディアを通じて少しずつ知られるようになっています。
【タクソノミー】
地域:アンドラ(ヨーロッパ › アンドラ)
料理ジャンル:野菜料理・付け合わせ・農民料理
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