「ナンプラーを買ってみたけど、どう使えばいいかわからない」——タイ料理やベトナム料理に挑戦しようとしたとき、多くの人がこの壁にぶつかる。独特の発酵臭、塩気の強さ、そして醤油との違い。初めて瓶を開けたとき、少しひるんだ人も少なくないはずだ。しかし正しく使い方を知れば、ナンプラーはキッチンで最も頼りになる調味料のひとつになる。一本あるだけで、タイ・ベトナム・マレーシア・カンボジアの料理が自宅で再現できるようになるのだから。
ナンプラーとは何か
ナンプラーはタイ語で「魚(プラー)の水(ナム)」を意味する調味料で、小魚と塩を甕の中に重ねて詰め、1〜2年以上発酵・熟成させることで生まれる液体の魚醤だ。原料となる魚は主にカタクチイワシの仲間で、魚と塩の比率はおおよそ3対1。長い熟成期間中に魚のたんぱく質がアミノ酸に分解され、旨み成分のグルタミン酸やイノシン酸が凝縮されていく。
完成したナンプラーは透き通ったオレンジ色から琥珀色をしており、塩気と旨みと独特の発酵香を持つ。加熱するとアンモニア臭が飛んで旨みだけが残るため、炒め物やスープに加えた瞬間の変化には驚かされる。日本の魚醤との大きな違いは色の薄さと旨みの強さで、秋田のしょっつる・石川のいしると比べても、ナンプラーは特に旨みのフレッシュな鋭さが際立っている。
醤油との違い
「醤油で代用できますか」という質問をよく見かける。結論から言えば、代用はできるが別物として考えた方がいい。
醤油は大豆と小麦を発酵させた植物性の調味料で、色が濃く、甘みとコクを持つ。ナンプラーは動物性タンパクの発酵液で、色が薄く、塩気と旨みがより鋭い。同じ「発酵した塩辛い調味料」でも、料理に与える印象はまったく異なる。タイ料理にナンプラーの代わりに醤油を使うと、風味が和食寄りに傾いてしまい、本来の軽やかな南国感が失われる。逆にナンプラーで和食の醤油を代用すると、旨みは出るが発酵臭が強調される。それぞれの料理の文脈に合った使い方をすることが大前提だ。
料理別の使い方
炒め物に使う
炒め物への使い方がナンプラー入門として最も簡単だ。強火で炒めた食材に仕上げ前に加えることで、高温でアンモニア臭が飛び、旨みと塩気だけが残る。目安は2人前の炒め物に対してナンプラー小さじ1〜大さじ1。塩やうま味調味料の代わりに使うイメージで、まず少量から加えて味見しながら調整するのが基本だ。

ナンプラーで味付けしたカオパット
代表的なのがタイ式チャーハンのカオパットだ。卵と米をナンプラーとシーユーカオ(白醤油)で味付けするシンプルな構成の中で、ナンプラーが全体の旨みの骨格を担っている。同様に、マレーシアのミーゴレンやチャークイティオでも炒め工程でナンプラーが使われる。
スープ・煮込みに使う
スープとしての使い道はナンプラーの旨みが最も生きる。鶏ガラや豚骨のスープに少量加えるだけで、出汁の深みが増す。目安は4人前のスープに対してナンプラー大さじ1〜2。塩と置き換えるイメージで使い、最後に味見して調整する。

ナンプラーを使ったフォー
タイを代表するスープトムヤムクンでは、レモングラスとガランガルで香りを出したスープにナンプラーで塩気と旨みを加える。ココナッツミルクと合わせるトムカーガイでも同様の使い方だ。ベトナムのフォーではヌクマム(ベトナム産魚醤)が使われるが、ナンプラーで代用できる。ラクサの発祥地マレーシアのラクサでも、ココナッツミルクベースのスープの味付けにナンプラーが欠かせない。
麺料理のタレ・仕上げに使う

ナンプラーを使ったパッタイ
麺料理ではタレの材料として、または仕上げの調味料として使う。パッタイのタレはナンプラー・タマリンドペースト・パームシュガーの三つで作られており、ナンプラーが塩気と旨みの軸を担う。テーブルに置かれた小瓶からパッタイに追いがけするスタイルもタイの屋台の定番だ。ベトナムのブンチャーのつけダレもヌクマムベースで、ナンプラーで代用できる。
サラダのドレッシングに使う

ナンプラーをドレッシングに使ったソムタム
加熱しないドレッシングへの使い方がナンプラーの個性を最も直接的に感じられる場面だ。ライムとナンプラーを1対1で合わせ、砂糖少々と唐辛子を加えるだけで東南アジア式ドレッシングが完成する。このドレッシングが核心にあるのがソムタム(青パパイヤのサラダ)だ。イサーン地方のひき肉サラダラープでも、ナンプラーとライムが味の骨格を作る。
タレ・漬けダレに使う

ナンプラーを肉の漬けダレに使うガイヤーン
肉の漬けダレとしてのナンプラーは見逃されがちな使い方だ。ガイヤーン(タイの炭火焼きチキン)では、ナンプラーとレモングラスを合わせた漬けダレに鶏肉を数時間浸けることで、発酵の旨みが肉の内側まで染み込む。仕上がりはただのグリルチキンとは次元の違うコクと香ばしさになる。ガイヤーンのレシピで具体的な配合を確認してほしい。マレーシアのサテーでも、鶏肉や豚肉の漬けダレにナンプラーが使われることが多い。
揚げ物・蒸し物のつけダレに使う

ディップソースにナンプラーを使った春巻きゴイクン

同じくディップソースにナンプラーを使うバインセオ
揚げ物や蒸し物のつけだれとして、ナンプラーをそのままテーブルに出すスタイルもある。ベトナムの揚げ春巻きや生春巻き(ゴイクン)のディップソースはヌクチャムと呼ばれ、ナンプラー・ライム・砂糖・唐辛子・ニンニクを合わせたもの。ベトナムのバインセオ(米粉のクレープ)にもこのソースが添えられる。
ナンプラーとヌクマムの違い

ベトナムの魚醤「ヌクマム」
「ナンプラー」はタイ産の魚醤、「ヌクマム(ニョクマム)」はベトナム産の魚醤を指す。製法はほぼ同じだが、産地・原料の魚・熟成期間・塩分濃度の違いにより風味が異なる。ナンプラーはやや塩気が強くシャープな旨み、ヌクマムはより丸みのある甘みと深みがあると表現されることが多い。どちらも相互に代用可能で、日本のスーパーで入手しやすいのはタイ産のナンプラー(ティファン・メーポーイなど)だ。ベトナム料理にナンプラーを使っても味は成立する。
おすすめの銘柄
日本で入手しやすいナンプラーのブランドは主に3つある。
ティファン(Tiparos)はタイ産の入門向けとして最も流通しており、業務スーパーや成城石井・カルディで安定して入手できる。クセが比較的少なく扱いやすい。メーポーイ(Mae Ploy)はプロの料理人にも使われる定番銘柄で、旨みのバランスが取れており、タイ料理店での使用率も高い。ゴールデンボーイ(Golden Boy)はラベルに少年の絵が描かれた老舗ブランドで、濃厚な旨みと香りが特徴。コクを重視するなら選択肢に入れたい。いずれもアジア系食材店または輸入食材店のオンラインショップで購入できる。
保存方法と使い切り方
開封後の保存は冷暗所または冷蔵庫が基本だ。塩分が高いため腐敗しにくいが、開封後は酸化が進んで香りが劣化するため、早めに使い切るのが望ましい。一般的な250ml瓶を料理に使い切るには3〜6ヶ月が目安。冷蔵庫に入れると塩が結晶化することがあるが、品質には問題ない。
使い切る早道は「塩の代わりに何でもナンプラー」という発想の転換だ。チャーハン・野菜炒め・卵焼き・和風の煮物にも少量加えると旨みが増す。卵かけご飯にほんの数滴たらすだけでも、旨みの次元が変わる。
ナンプラーを使ったレシピ一覧
ナンプラーを使った料理の一覧。東南アジア料理の入門として、ぜひ一品目から挑戦してみてほしい。
タイ料理

パッタイ
- パッタイ|タマリンドとナンプラーの黄金比のたれが核心
- トムヤムクン|旨みと酸みと辛みをナンプラーでまとめる
- トムカーガイ|ココナッツミルクスープにナンプラーで深みを加える
- カオパット|タイ式チャーハンの味付けの要
- カオマンガイ|鶏の旨みをナンプラーとショウガのタレで引き立てる
- グリーンカレー|ココナッツミルクカレーにナンプラーで塩気を調整
- マッサマンカレー|スパイス豊かなカレーの旨みの底上げ
- パネーンカレー|濃厚なドライカレーにナンプラーのコクが欠かせない
- ソムタム|ライムとナンプラーが生む辛酸っぱいドレッシング
- ラープ|ひき肉サラダの旨みをナンプラーとライムで構成
- ガイヤーン|ナンプラーとレモングラスの漬けだれで旨みを染み込ませる
- カオソーイ|チェンマイの揚げ麺カレーの旨みの核
ベトナム料理

フォー
- フォー|骨だしスープにヌクマム(ナンプラー)で旨みを重ねる
- ブンチャー|ヌクチャムだれの主役はナンプラーとライム
- ゴイクン|生春巻きのヌクチャムディップにナンプラー
- バインセオ|米粉クレープを引き立てるヌクチャムソース
- バインミー|肉の味付けにナンプラーで旨みを加える
- カーコートー|ナンプラーと黒砂糖の煮詰めタレで魚を炊く
- ブンリュウ|トマトとカニのスープに旨みを重ねる
- チャーカー|ハノイ風魚のターメリック炒めにナンプラーの塩気
マレーシア・カンボジア料理

ミーゴレン